Created: 2026/04/28

大切なことほど、適当にする

特に目的もなく動画を見ていて、ふと思った。
やらなきゃいけないことには、なかなか着手できないのに、どうして大事じゃないことはすぐにできて、だらだら続けられてしまうんだろう。
本当は逆でありたい。

もしかすると、大事に思えば思うほど、気持ちが重くなって前に進めなくなるのかもしれない。
だから本当に大切なことこそ、もっと適当にならなくちゃいけないのかもしれない。

これは、本を大切に扱うあまり、マーカーも引けずに勉強できないのと同じかもしれない。
本がボロボロになるくらい、もっと気軽に、適当に扱って読むほうが、結果的に大切にしていることになるのではないか。
物事も同じで、適当に扱うことで楽しめたり、ハードルが下がったりして、結果として前に進めるのではないだろうか。

大切なものほど、意味のあるものにしなくてはいけないと感じて、価値が固定化しやすい。
だから、逆に価値を変動的にして、柔軟性を持たせ、大切に扱いたい。
なんとなく、この考え方は仏教にも通じるものがあって好きだ。

最近ハマっている仏教についても、好きで追求するあまり、教えを複雑に捉えるようになっていた。
たぶん、自分が興味を持って追求するものを、深く難しいものだと思いたがっているのかもしれない。
複雑なものにこそ価値がある、と固定化しないためにも、適当に扱いたい。

適当さには、軽やかでシンプルでいたいという願いがあるのかもしれない。
大切なものこそ、できる限りの適当さを持っていたい。